親にポイ活を隠してた話
引きこもってた時期、ポイ活で少しずつ稼げるようになっても、親には言わなかった。
当時の自分の中では、それが正解だった。今振り返っても、たぶん正解だったと思う。
「じゃあ働けるじゃない」が怖かった
隠してた一番の理由は、言った時に返ってくる反応が怖かったから。
「へえ、お前そんなことできるんだ」のあとに、たぶん数日以内に「じゃあもうちょっとちゃんと働けるんじゃない?」という話が来る。
親に悪気があるとかじゃない。引きこもってる子が少しでも外向きの動きを見せたら、親が期待するのは自然なこと。
でも引きこもってる側からすると、その期待の温度が上がった瞬間に、ポイ活そのものが重くなる。
- 月1万円稼いでたのが、「来月もっと稼がないと」と思い始める
- 稼げない月があると、親にがっかりされるんじゃないかと思い始める
- 「じゃあバイトは?」「就活は?」の話が始まる
ポイ活が楽だったのは、誰の期待もかかってなかったから。
期待がかかった瞬間、楽じゃなくなる。だから、隠した。
「稼げてないフリ」を、少しだけ演じる
厳密に言うと、完全な嘘はつかなかった。
- ポイ活をやってること自体は、聞かれたら「ちょっと小遣い稼ぎみたいなやつ」とは言った
- 金額は一度も言わなかった
- 月3万円まで行ってた時期でも、「月数百円〜数千円ぐらい」の体で通した
自分が稼いでる金額を正確に伝えない、という程度の「隠す」だった。
この演技は、親のためじゃなく、自分の稼ぎを守るためのものだった。
親に正確な金額を知られると、前述のとおり期待値が上がる。期待値が上がると、稼ぎの性質が変わる。ポイ活が**「気楽な小遣い稼ぎ」から「家族に報告する副業」**になって、重さが倍ぐらいになる。
それを避けるために、ちょっとぼかした。
隠すことへの後ろめたさはあった
もちろん、隠してる間、後ろめたさはあった。
- 親は生活費を出してくれてる
- その家の中で、自分だけ3万円のプライベート収入がある
- なんとなく、ズルい気がする
この感覚は、隠してる2〜3年ぐらい、ずっとあった。
でも、後ろめたさを我慢する方が、期待値を受け止めるよりは楽だった。
後ろめたさは、自分の内側だけで処理できる。期待値は、親とのやりとりの中で、毎日少しずつ効いてくる。
自分の場合、内側の後ろめたさを抱え込む方が、精神衛生上ずっと楽だった。
隠せるぐらいの規模が、ちょうど良かった
ここは大事なポイントなんだけど、「隠せる規模」でやるっていうのが、引きこもり期の稼ぎ方として結構重要だと思ってる。
- 隠せないぐらい稼ぐ = 親に説明しなきゃいけない = 期待値が上がる
- 隠せる規模 = 自分の手元で完結する = 気楽さが保てる
ポイ活は、この「隠せる規模」にちょうどいい。月数千円〜3万円ぐらいの世界で、家の中にほとんど物理的な痕跡を残さない。
振込先はネット銀行。現金化はコンビニATM。親の目に触れない。
これが、自分にとっては守り代わりになってた。
隠すのは、悪いことじゃない
この手の話をすると、「親には正直に言った方がいい」みたいな意見が出てくる。
一般論としては、そうかもしれない。
でも引きこもり当事者の文脈では、**「家族に何を見せるかは、自分で選んでいい」**と思ってる。
- 稼げてる自分を見せたくないなら、見せなくていい
- 稼ぎを隠すことで、稼ぎ方を守れるなら、隠していい
- それが「正直じゃない」と言われても、まずは自分の稼ぎ方を守る方が先
親との関係が落ち着いて、自分の稼ぎ方が安定してからなら、後から「実は」と言ってもいい。
自分の場合は、引きこもりから半分抜けて、月の稼ぎが安定してから、ようやく親に少し話した。それでちょうど良かったと思ってる。