外の苦しさ

コンビニが怖かった時期の話

「外が怖い」と言ったときに、多くの人はまず駅や街中を想像するらしい。

自分にとってはそうじゃなかった。一番怖かったのは、コンビニだった。

一番怖いのは、一番近い場所だった

徒歩3分のところにあるコンビニ。世の中で一番入るのが簡単なはずの場所。

でも引きこもってた時期の自分にとって、あそこに入るのは、普通の人が初めての海外出張に行くぐらいのハードルがあった。

怖い、のひとことで片付くようなものじゃなくて、コンビニに行くことを考えると動悸がするぐらいのレベル。

店の前を3回通り過ぎて、結局帰る

当時、自分がよくやってたパターンがある。

家を出る → コンビニの前まで行く → 混んでる気配を感じて通り過ぎる → 少し離れた場所でうろうろする → もう一回近づく → やっぱり入れない → 何も買わずに帰る。

これを、真面目に3往復してた日もある。

夜中の2時とか3時とかに行けば空いてるだろうと思って、深夜に出るようになった。それでも、店員と一対一になるのが今度は怖くなった。

「どうすればこの怖さが消えるんだろう」とずっと考えてた。

答えは、消さなくていい、だった。

セルフレジと、深夜と、Amazonに逃げた

怖さを消そうとするのをやめて、怖くならない手段に逃げることにしたら、だいぶ楽になった。

これは「コンビニ克服」じゃない。コンビニを克服しないで済ませるための、逃げ道の組み合わせ

克服しなくていい。怖くなくならなくていい。ただ、怖いままで生活が回る仕組みだけ作ればいい。

怖くならないまま、コンビニに入れるようになった理由

不思議なもので、「怖くなくならなくていい」と思った頃から、逆にコンビニに入れる頻度が上がっていった。

「今日は入れなかった」を失敗と呼ばなくなったから、だと思う。

入れた日は入れた。入れなかった日は入れなかった。それだけのことで、自分を責める回数が減った分、次に入るハードルが下がっていった

今でも、混んでるコンビニに突入する気にはならない。レジに長蛇の列ができてたら普通に避ける。でもそれは、「怖くて逃げてる」じゃなくて、「空いてる時に行けばいい」ぐらいの話になった。

外に出なきゃ、の前に

外に出られない引きこもりに対して、世の中の助言はだいたい「少しずつ外に出てみよう」から始まる。

悪気はないと思う。でも、外に出るのが怖い人に「外に出よう」は、泳げない人に「泳ごう」と言ってるのと同じで、あんまり機能しない。

自分が効いたのは逆で、外に出なくていい手段を先に揃えることだった。

外に出る回数が減ると、たまに出る時の消耗が減る。消耗が減ると、たまになら外に出てもいい、と思える日が出てくる。

外に出られるようになるために、外に出なくていい仕組みを先に作る。これが、自分には一番効いた順番だった。