「買って」が言えなかった話
子どもの頃は「買って」って普通に言える。
大人になってから引きこもってる自分は、「買って」が、一番言いづらい言葉になった。
「別にいらない」が増えていく
欲しいものがあるのに、親に頼めない。
頼めないから、どうするかというと、自分の中で「別にいらない」ってことにする。
- 漫画の新刊、読みたいけど別にいらない
- 新しいイヤホン、いいの見つけたけど別にいらない
- 服、そろそろ買い替え時だけど別にいらない
これを何年か続けると、欲しい、という感情そのものが鈍くなる。
最初は「本当は欲しいけど言えない」だったのが、途中から「別に欲しくない、ことにしてる」になって、最後は「何が欲しいのかわからない」みたいな状態になる。
ここまで来ると、引きこもりとしての生活は楽になる。でも、人間としての生活が、なんとなくガス欠みたいになる。
「買って」のどこが一番しんどいのか
この言葉が言えない理由、最初は自分でもよく分かってなかった。
金額の問題じゃない。1000円ぐらいの漫画なら、親はたぶん「いいよ」と言う。
問題は、「買って」と言うと、自分が何歳になっても親の扶養下にいるっていう事実が、その場で確定することだった。
- 自分は30近いのに、親に漫画を買ってもらってる
- 働いてない
- 返せる見込みもない
「買って」の後に、この三つが連鎖的に自分の頭の中を駆け巡る。その重さに耐えるぐらいなら、漫画なんていらない、になる。
だから、「買って」が言えない、っていうのは、買いたい以上に自分の現状を直視したくない、っていう逃避でもあった。
ポイ活で300円貯めて、漫画を買いに行った日
引きこもってた時期の、たぶん一番印象に残ってる買い物がある。
ポイ活でコツコツ貯めたポイントを、Amazonギフト券に換えて、漫画の新刊をポチった日のこと。
値段にして600円ぐらいの、しょうもない買い物。
でも、Amazonで注文確定ボタンを押した瞬間の感じは、今でも覚えてる。
誰にも許可を取ってない。親に頭を下げてない。自分が決めて、自分の金で、自分の欲しいものを買った。
届いた漫画を、いつもの二倍ぐらい大事に読んだ。内容が特別だったわけじゃない。買い方が特別だった。
「買って」を言わなくていい生活
そこからは少しずつ、自分のお金で買うものの範囲が広がっていった。
- 漫画
- 服(ネットで安いの)
- 散髪代(これは結構先)
- 日用品(シャンプーとか)
全部、親に「買って」と言わずに済むようになった。
親はたぶん、気づいてた。気づいてたけど、何も言わなかった。それも、今思えばちょうどよかった。
「買って」を言わずに済むことは、「買える金がある」ことよりずっと心が軽かった。
金額の問題じゃない、の具体
よく「お金があっても幸せになれない」みたいな話があるけど、引きこもり文脈だとその逆の話がある。
少しの金でも、出どころが自分なだけで、幸せ方向に効く。
月1万円でいい。5000円でもいい。自分で引いてきた金なら、それは**「買って」を言わなくていい1万円**として、親から渡された10万円より重くなる。
引きこもりに必要なのは、大きい金じゃない。「買って」を言わなくていい、小さい金のほう。